E 安定性と揺らぎ

E2 雑音

はじめに

自然界を支配する物理法則には 2つのタイプがある。 1つは、考えている物理系の初期状態が与えられると、その後の系の時間的発展が一意的に決まってしまうような場合で、普通の力学的現象や電磁気学的現象がこのタイプの法則 ――決定論的法則――に従う典型例である。 一方量子力学的現象では、例えば原子核のβ崩壊を例にとると、ある特定の 1 個の放射性原子からβ線の放出が実際いつ起きるかは確率的にしか予言できない。 このように本質的にある事象の生起が確率でしか論じられないような場合、確率論的法則に従うという。

気体のように、系を構成する粒子の数が非常に多いと、系全体としては極めて高い確率で、ある平均的振る舞いに近い運動をする。 この平均的振る舞いを記述するのが熱力学や統計力学であって、このような系の運動はやはり決定論的法則に従うといってよい。

しかしここでもうひとつ重要なことは、個々の粒子の運動法則の如何――古典的法則か量子力学的法則か――を問わず、平均的振る舞いからのずれ(ゆらぎ)というものが必ず存在することである。 しかも個々の粒子が決定論的な古典法則に従う場合でも、系全体の平均状態からのゆらぎがどのような時刻に起こるか、またある事象がどういう順番でいつ起こるか、といった時間的変動を予測することは普通極めて難しい。 初期条件のなかに非常に多数の要素がある場合、それを全て知ることあるいは制御することが難しいからである。 このように平均状態からのゆらぎは事実上確率論的法則に支配されているのである。

当実験では、電気回路における雑音の問題を通して、熱的ゆらぎの一種である熱雑音の現象を学ぶ。 しかし、その背景にある物理法則が適用できる現象は、雑音にとどまらない。 化学反応や拡散といった温度が高くなると活発になる現象は熱的ゆらぎが本質的役割を担っている。 また、通信・制御の分野でも、ここで学ぶのと同じ確率的統計的な物理概念が有効に使われる。 本テーマの内容は学生諸君にはまだなじみがうすいと思われるので、予備知識の記述と解説を少し詳しくした。 注目する雑音を信号とみた場合、その信号は一般に微弱である。 実験では、一般に微弱な信号を電気的に測定する際に好ましからざる外来雑音の影響をいかに減らすかが、技術的に重要な問題となる。 本テーマでは、外来雑音対策法の一端も経験してもらう。
(E2 雑音 の実験装置)

参考書

確率・統計・信号論に関する基礎的なことは

[E2-1] ランダウ・リフシッツ : 『統計物理学』(岩波書店)☆
[E2-2] 伏見正則 : 『確率と確率過程』(講談社)☆
[E2-3] Y. W. Lee、宮川・今川訳 : 『不規則信号論』(東京大学出版会,1974)☆

雑音については

[E2-4] A. van der Ziel、瀧・飯島・田宮訳 : 『雑音』(近代科学社,1957)
[E2-5] 岡田利弘 : 『熱雑音』(沢田正三編 温度と熱、共立出版,1970)
[E2-6] D. A. Bell : Noise and the Solid State (Pentech Press, 1985)

微小信号の電気的測定技術に関しては

[E2-7] 桜井捷海・霜田光一 : 『応用エレクトロニクス』(裳華房,1988)
[E2-8] H. W. Otto : Noise Reduction Techniques in Electronic Systems (John Wiley & Sons, 1976)☆

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