D 真空

D2 熱電子放出

はじめに

金属内部で電子が感じるポテンシャルエネルギーは、金属外部の真空中でのそれよりも低くなっている。このため電子が金属の外部へ出るにはエネルギ−が必要である。これに必要な最小エネルギーを仕事関数という。仕事関数よりも大きな光子エネルギーの光を金属にあてると電子が外に飛びだしてくる現象を光電子放出という。同様に、金属の温度が高くなると電子は励起されて仕事関数より大きなエネルギーをもつものが多くなり、外へとび出してくる。この現象を熱電子放出とよんでいる。英語では「thermionic emission」と言い、「電子」という単語が入っていない。つまり、現象の発見は電子の発見よりも早かったのである。

本実験の目的は、熱電子放出の現象を観測することを通して電子の挙動を実際に体験するとともに、Dのテーマとして高真空装置の使用に慣れることにある。
D1で見られた低真空と中真空とで生じた環境の変化は平均自由行程の短・長に起因し、それは空間のサイズが比較対象であった。これに対して、D2では中真空から高真空という別の環境に入る。高真空以下の低い圧力を作り出すことは「空間の粒子を排気する」というよりは、むしろ「表面から粒子を除去する」というイメージでとらえることができる。いわゆる「清浄表面」を取り扱うことが可能になってくる環境が、高・超高真空なのである。電子が金属内部から外部に出る際には必ず表面を通過するので、表面の状態を整えるため、この環境が必要なのである。
単に熱電子放出という一つの現象を機械的に追いかけたり、きまりきった装置の操作を覚えこむことが要求されているのではない。現象の観測に最も適した装置の種類、部品の配置などを自分で考え、実験の結果と熱電子放出についての法則との関係を調べ、法則に含まれる前提などを徹底的に検討し、さらに現象の応用までも幅広く考えてもらいたい。

参考書

[0-0] 金原寿郎編 : 『基礎物理学』(下)(裳華房,1980)
本書の §23.1 によって、ロータリーポンプ (R.P.) と油拡散ポンプ (D.P.) の原理と使用法を理解するとよい。 また §23.7 でペニング型(冷陰極型)真空計の原理、構造を知ることができる。
熱電子放出については、§30.5 、§31.3 、§31.4 から一通りの知識が得られるはずである。 本実験は、少なくとも、ここに挙げられている程度の知識を持っていることを前提としている。
[D2-1] 久保亮五著 : 『熱学・統計力学』(裳華房)☆
第8章演習問題[10]およびその解答に Richardson-Dushman式の導出過程が詳しく書かれている。
[D2-2] 有山兼孝編 : 『界面現象・格子欠陥』(共立出版,1961)
電子放出についてさらに深く知りたいときは、本書の第 3 章を参考にするとよ い。
[D2-3] 堀越源一著 : 『真空技術』(東京大学出版会,1980)
最近の超高真空技術にも触れ、実践に重点をおいた初心者向けの好著である。
[D2-4] 塚田 捷 著 : 『仕事関数』(共立出版,1992)
仕事関数の物理的起源、関与する物理現象等について、初学者向けに詳しく解説されている。

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